新潟大学脳研究所統合脳機能センターを設立され、退官後も脳研究所特任教授としてご活躍されていた中田力先生が平成30年7月1日にご逝去されました。中田先生とご一緒した何物にも代えがたい年月を思い返し、心からの哀悼の意を表する次第です。
中田先生は昭和51年東京大学医学部医学科を卒業され、臨床研修の後に昭和53年に渡米、カリフォルニア大学、スタンフォード大学にて臨床研修をされたのちにカルフォルニア大学脳神経科助教授・教授を歴任、平成8年に脳研究所・脳解析学の教授として新潟大学に赴任し、更に平成14年に脳研究所・統合脳機能センターの設立と共に、センター長を務められました。それとともにカリフォルニア大学終身教授としてアメリカでの臨床指導・研究も精力的に続けられ、日本とアメリカを行き来する非常に多忙な生活を送られていました。先生は磁気共鳴装置(MR)を用いた生体分子イメージングの最初の開拓者として、1980年代にフルオロデオキシグルコースを用いた19F-MRIによる脳FDGの検出・画像化に成功し、その後もMRS、fMRIなどの脳への応用で世界的に認知される研究を残されるとともに、研究テーマは臨床神経学、神経科学はもとより情報工学、哲学、歴史学と多岐に渡り、それぞれの分野において大きな業績を残されています。その中で、先生が生涯をかけて追ってきたものが、脳における水動態の解析です。東大医学部の学生時代に「全身麻酔はなぜ意識を失わせるのか」という疑問を抱いた先生は図書館で出会ったライナス・ポーリングの論文にヒントを得て、脳組織中の水の動態が意識の創生に関わっているという仮設のもとに、研究を展開され、「人間の意識がある」という状態が、脳の水分子が示す現象と深く関係しているという仮説、Vortex Theory1),2)を導き出しました。その後も脳の中の水分子の生理的・病的な状態における動態を追求し、種々の研究の成果は遺稿となった総説「Fluid Dynamics Inside the Brain Barrier: Current Concept of Interstitial Flow, Glymphatic Flow, and Cerebrospinal Fluid Circulation in the Brain」3)に簡潔にまとめられています。日本に帰国されてからは、世界初の3T全身撮像装置の開発・導入を進められ、脳形態・脳機能の研究を進められ、更に世界初の3T縦型MRI装置ISSORAR、日本初の超高磁場7TMRI装置の開発・導入を行い、MR顕微鏡の開発により生きたヒト老人班の画像化、脳の水動態をつかさどっている水チャンネルタンパク・アクアポリン4が脳の水動態・脳機能に果たす役割を解明されるなど、精力的に脳科学の先端を走り続けられました。
私が25年前にアメリカでその門を叩いて以来、教え子の一人として一番心に残ることは、自由で活発な研究組織の運営に心を配られてきたことです。「研究は楽しくなければ意味がない」を合言葉に、いつも子供のように目を輝かせて研究、スタッフとの議論に情熱を傾けていた先生の姿が今でも昨日のことのように思い出されます。日常において、先生は日常の研究に対しては常に非常に厳しい姿勢で臨まれていましたが、その裏には一人ひとりを気遣う優しさが覗いており、何よりも自分に対して厳しくぶれることのない研究者であり、その姿勢を以て教室に在籍したすべての人に慕われていました。
先生がわれわれに残してくださった大いなる遺産はMRI技術の進歩に多大な足跡をしるしました。そのご遺志は先生の薫陶を受けたたくさんの弟子たちによって今後も間違いなく引き継がれていくでしょう。先生のご功績に深甚なる敬意を表すとともに,私達への長年のご指導に感謝の気持ちを捧げ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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