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「水分子の脳科学」は当センターの主要研究プロジェクトのひとつです。研究の目的は脳内の水動態と脳機能の関連を解き明かすことにあります。 水は生物にとって極めて重要な物質であるにも関わらず、これまで脳に対してどのような作用をしているのかほとんど知られていませんでした。 最近の研究により、水の動態、特に細胞の外側の空間(Extra-Cellular Space; ECS)に存在する水の状態が神経細胞の活動に関して本質的な役割を担っている事がわかってきました(Glia 2006, 54: 358, Nat Med 2005, 11: 973)。

ECSにおける水動態における重要な要素のひとつに水のみを選択的に通過させるアクアポリン4(Aquaporin 4; AQP4)という膜たんぱくがあります。 AQP4は最初に肺の組織から発見され(J. Biol. Chem. 1994, 269, 5497)、その後、中枢神経系をはじめ身体全体に存在している事が判明しました(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1994, 91, 13052)。

このたんぱく質は血管周囲と軟膜下の星状膠細胞(アストロサイト)突起(フット・プロセス)に多量に発現しており、現在では哺乳類の脳内での水の移動において主要な役割をはたしているという考えが広く受け入れられています。 このたんぱく質が正常な脳機能を維持するために重要なものであることは疑いないことですが、加えて、脳浮腫等の病態との関わりも指摘されています。 我々は、現在、脳内におけるAQP4の役割を詳細に解明するための研究を進めています。

水分子が運搬されていく様子
水分子が通過する様子:
この図はAQP4を水が通過する様子をシミュレーションしたものです。 リボンで示している部分がAQP4で、その内部にある水分子が空間充填モデルで示されています。 水分子が通る穴の内側にはアスパラギン-プロリン-アラニン(asparagine-proline-alanine; NPA)というアミノ酸配列があり、水分子の向きを整え、イオンの透過を阻止する役目を持ちます。

当研究センターでは、体内のAQP4の分布や生理学的変化を非侵襲的かつリアルタイムに検索するためにPET(陽電子放射断層撮影装置)MRI(磁気共鳴画像装置)を用います。 AQP4の脳内分布画像を得るためには、まず、AQP4に選択的に結合する分子(リガンド)を見つける必要があります。

リガンドの探索は、通常、既に発見されている物質を起点として行われますが、AQP4については、そのような起点として利用できる物質が存在しませんでした。 そこで、コンピュータシミュレーションによって多数の化合物とAQP4との組み合せの中からリガンドの候補を見つけ出した上で、それらを実際に合成して評価するという手法を採ることにしました。

コンピュータシミュレーション

コンピュータ上で特定の化合物がたんぱく質にどの程度結合するか調べることができます。 このような方法はイン・シリコ(in silico)・スクリーニングあるいは仮想ドッキングと呼ばれます。 京都大学の藤吉研究室においてラットのAQP4の構造が明らかにされたことで(J. Molec. Bio. 2006, 355, 628)、AQP4の仮想ドッキングが可能となりました。

AQP4とリガントとの結合
AQP4とリガントの結合:
AQP4単量体にアセタゾラミドが結合している様子。 アセタゾラミドは空間充填モデルで、AQP4は水色のリボンで表示しています。

インビトロ・バイオアッセイ

バイオアッセイは、特定の化合物がたんぱく質との間でどの程度の相互作用を示すのかを 実験的に検証するための手法です。 たんぱく質に特異的な機能のリガンド依存変化を調べる機能アッセイと、リガンド依存変化とは無関係にその分子の親和性を評価する結合アッセイがあります。 アクアポリンの水透過に対するリガンドの影響を調べるために、これまで、いくつかの機能アッセイ法が提案されました。 私たちも当初、AQP4を発現させたアフリカツメガエの卵が低浸透圧環境に置かれた時の膨張速度の変化を見ることで、それぞれの分子がAQP4へ与える影響を調べようとしました。

この分析方法はそれなりに有効でしたが、リガンドが水チャネルから離れた場所に結合していたり、AQP4の水透過能力をあまり変化させない場合には、偽陰性を示すことがありました。

そこで、現在、AQP4に対応した結合アッセイ法の開発を進めています。

一般的に、機能アッセイと結合アッセイは相補的なものなので、組み合わせて使用する事により、リガンド検索の信頼性を向上できると期待しています。

薬剤濃度によるAQP4の抑制度の変化
薬剤濃度によるAQP4抑制度の変化:
この図はアセタゾラミド(AZA)の濃度に応じてAQP4の水透過が抑制されていく様子を示しています。 ■はそれぞれの濃度におけるAQP4の抑制度で、その上下方向の線は標準誤差を示しています。 実線はそれらの結果に対して非線形最小二乗推定を行い抑制度の変化を推定した結果です。

創薬化学

創薬は、一般に、生物学的活性を持つ有機化合物を合成し、その生物学的活性を最適化すること、の2つのプロセスから成っています。

まず、コンピュータシミュレーションや生物学的実験によって有用性が予想された化合物を自家合成するか、試薬会社から購入します。

次いで生物学的活性の最適化を行いますが、その概念はやや複雑です。 既知の生物学的活性を持つ化合物について、その構造を変化させることにより、化合物に特徴的な性質を強化したり、逆に重要ではない作用を低減させたりするといったことが含まれます。

このような創薬化学のプロセスは、われわれの研究において、コンピュータ上での理論的な結果と生物学的検定を結びつけるためにきわめて重要です。

結合構造の比較
結合構造の比較:
この図は抗てんかん薬のトピラメート(黄)、フェニトイン(青)、ラモトリジン(赤)、そして代謝により活性化されたカルバマゼピン・エポキシド(緑)のそれぞれについてAQP4(水色)との間で最も結合エネルギーが低くなる結合構造を示します。 なお結合の状態がわかりやすいようにAQP4の表面の一部分を除去しています。

上記の手法により、私たちはAQP4に対して活性を有する化合物を見つけ出すことに成功しました。 それらの多くはこれまでに知られていた薬剤ですが、まだ研究されていない化合物も含まれます(Bioorg Med Chem Lett 2007, 17: 1270, Bioorg Med Chem 2008, Bioorg Med Chem 2008)。

今後、これらの化合物のAQP4阻害特性や、より最適なリガンドを作成する方法についても 報告していく予定です。



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